【自作小説】SAVE

  • 2020年1月28日
  • 2020年3月4日

SAVE 第1章

けたたましい目覚ましの音で起こされる度に「今日こそは絶対に早く家に帰って早く寝る」と心に誓うのに、いざ家につくと夜遅くまで起きてしまうのは僕の意思が薄弱だからだろう。

時刻は夜の0時。

カーテンの隙間からは外の黒が滲んできているが、僕の部屋は蛍光灯とパソコンのディスプレイから発せられる白で満たされている。

もう瞼は、重い。

そろそろ寝ないと明日の朝に大変な思いをするのは、自分自身だ。

そんなことは、わかっている。

しかし、寝なければいけないと考えれば考えるほど目は冴え、眠気もどこかへ霧散する。

面倒なことは考えずに布団に飛び込んで目を閉じてしまえば、寝れるはずなのに。

こんなときに限って思い出されるのは、大昔に読んだ大したことでもない自己啓発本の内容である。

 

夜更かししてしまうのは今日という1日に満足していないからです。

それを取り戻すために夜更かししてしまうのです。

 

いや、違う。

僕が夜更かしする理由は、今日という1日に満足していないからではなく、明日もどうせいつもと変わらない退屈な毎日だと予想出来てしまうからである。

朝起きて、会社に向かい、仕事をこなす。

帰る頃にはもう日が落ちて暗くなってるから、家に帰って夕飯を食べる。

食べ終わってからは適当なテレビ番組を眺め、何をするわけでもなくパソコンを立ち上げる。

そこで適当な動画を見れば、もう寝る時間だ。

 

ここのところ、毎日がこの繰り返しだ。

好きな食べ物でも朝昼晩に欠かさず毎日食べろと言われたら、きっと見るのも嫌になってくる。

それと、同じだ。

全世界には僕より悲惨な毎日を送っている人なんて、腐るほどいる。

だがこの際、毎日が幸せなのか、それとも毎日が不幸なのか、そんなことは一切関係ないのだ。

僕は、毎日が同じことの繰り返しであることに心底嫌気がさしているのだ。

 

僕はパソコンのディスプレイの隣に置いてある、保険会社から毎年もらうハガキサイズのカレンダーに目を向ける。

今日はまだ月曜日で、1週間はまだ始まったばかりだ。

次の休みまで何日あるのかを数える。

火曜日。水曜日。木曜日。金曜日。

何度数えても4日だ。

つまり、もう嫌というほど食わされ続けた同じ料理を、今週はまだ4回も食わなければいけないということだ。

そう考えるだけで、胃から食道を通って何かがこみ上げてきそうになる。

 

「……うぇ」

 

僕はため息を吐く。

こんな生活は、変えなければいけない。

そうは思うが……日々の仕事を終えて家に帰ると、不思議と体中のやる気が蒸発して枯れてしまうのはなぜなのだろうか。

まるで僕の背中には何かが憑いていて、家に帰った途端にそいつが元気を取り戻して、僕の気という気を根こそぎ奪っていくような……そんな錯覚にさえ陥る程である。

それでも、何かを始めない限り、今日みたいな毎日を繰り返すだけ。

何かを始めない限り、この飽き飽きした毎日を食わされ続けるだけなのだ。

 

「……もういやだ」

 

限界がきたのだと思う。

僕は頭の中に渦巻く理屈や言い訳を全てシャットダウンして脳内を真っ白にすると、何も考えず、気が赴くまま、パソコンのキーボードを叩いて文字を入力した。

 

『SAVE 第1章』

 

なんてことはない、これはただの気まぐれだ。

現実は思い通りにいかない。

ならばせめて、妄想の中でぐらい好きにしたっていいだろ。

大人になってからの毎日は、子供のころに思い描いていた未来に比べ、遥かに地味でみすぼらしい。

ならばせめて、作り話の中ぐらいは派手な刺激に溢れた毎日を過ごしたっていいだろ。

この物語は、毎日同じことの繰り返しに疲れたサラリーマンが紡ぐ、ユーモラスでマーベラスな物語だ。

 

 

SAVE 第1章

「火竜夜闇斬月剣ッ!」

僕は叫びながら背中に担いでいた大剣を抜き、目の前に大きく広がる黒竜に向かって大剣を振り下ろす。

刀身は全くもって黒竜に届いていない。が、振るった大剣の先からは全てを切り裂く漆黒の斬撃が弾け飛び、黒竜の体を真っ二つに切り裂く。

真っ二つに分かれた黒竜の身体から飛び散るのは、トマトを握りつぶしたかのような赤で鉄くさい液体だ。

僕は二つに割れた黒竜から噴き出す赤の噴水を頭から浴びると、ほどなくしてヌルヌルの頬を拭った。

「これで暫くは安泰かな」

ここは、黒竜の住む渓谷。

周りは角ばった岩の壁で挟まれていて、人の姿は全くない。

普段は日も差さずに常に薄暗い雰囲気がある場所なのだが、黒竜を倒すと偶然にも天から日の光が差し込み、それは地面に出来た血溜まりを照らした。

そして、僕の目の前で浮いている見慣れた青白いボヤがひとつ呟く。

「もう少しどうにかならないのか、その技名は」

僕は、当たり前のように返事を返す。

「仕方ないじゃん。技名のすごさがそのまま攻撃力に直結する世界なんだから。それなら無理してでも技名をすごくした方が効率的でしょ」

「そうは言ってもな。自分で叫んでいて恥ずかしくならないのか? その火竜なんとかってやつ」

「火竜夜闇斬月剣ね。ヒリュウヨヤミザンゲツケン。最強の攻撃力になるように一晩寝ずに考えたんだ。そりゃ最初の頃はまだ言い慣れないというか小っ恥ずかしい気もあったけど、もう慣れたよ」

「……そうか。それならいいんだが」

僕は抜いた大剣を再び背中の鞘に戻し、真っ二つになった黒竜の片割れを指す。

「じゃぁ、いつもの転送魔法よろしく」

「……転送魔法?」

青白いボヤ──俗にいうウィルオーウィスプという精霊──であるソルは、トボけた様子でこたえる。

といっても、ソルには表情を作る顔がないから本当にトボけているのかどうかは分からないのだが、その声色から感じ取れるのは、確かにトボけた様子だった。

「もう、とぼけないでよ。僕ひとりでこんなデカいもの運べるわけないでしょ。帰ったらちゃんとソルの分も報酬も渡すから早いとこ頼むよ。帰ってお風呂にはいりたいんだよ」

「風呂ねぇ。なんならお前の体についた血とかを全部転送して綺麗にしてやるけど」

ソルの年齢は不詳だが、恐らく僕より一回り……いや、二回りも三回りも年上なのだろう。

ソルは手練れの職人が新米の職人にやるように、僕を嘲笑う。

いつものことだが、僕はナメられることは決して好きではない。

僕は、幾分か怒気を交えて言った。

「風呂好きな僕からすれば余計なお世話だよ。それに、体中に浴びた血も固まると中々取れなくなって大変なんだよ。だから、早いとこ頼むよ。馬鹿なこと言ってないでさ」

「へいへい。わかったよ、仕方ねぇな。本当にお前は冗談が通じないよな」

ソルはそう言うと、青白い自身の体を強く光らせる。

ただそれだけの仕草で、目の前に横たわっていた黒竜だったものは徐々に空へと分解、ついには跡形もなく消え去ってしまう。

これだけで、ギルドへの納品は完了だ。

最初にこの現象を見たときは夢でも見ているのだと思ったが、もう何回も見ている光景だ。

今更驚くことはなかった。

「よし、じゃぁ帰ろう。今晩は久々に豪勢な夕食になりそうだ!」

僕は気分も上々、疲れているはずの身体を軽快に歩かせる。

大きな仕事を終えた後は身体が重くて足を動かすのも大変だが、それよりも達成感というか高揚感というか、そういったものが体中を巡っていて疲れなど一切感じない。

今のところ、僕は今の生活に何ら不満も感じないし、仕事は仕事でとてもやりがいを感じる良い仕事だと思っている。

毎日をそう思って生きれるだけで、なんて僕は幸せなのだろう。

これからもずっと、僕はこのまま最高にハッピーな毎日を送り続けるのだろうと思うと、いやが上にも口元が緩む。

********************************************

「……ま、人の欲望ってのは、そんなに簡単に満たせるもんじゃないがな」

僕の後ろを追従しながら、ソルは言う。

その青白い炎からは、表情を一切読み取れない。

だがソルは、神妙な面持ちで続ける。

「今が幸せだとしても……結局は慣れて……また新しい何かを求め始める。人ってのはそんなもんなんだよな。……なぁ、『僕』。もうそんなことには気づいているんだろ?」

ソルの前を歩く僕は鼻歌交じりで歩いていて、ソルの言った言葉に微塵も気づいていない。

上機嫌に歩く僕を見て、ソルはどこか楽し気に、ゆらゆらと振れる。

「聞こえていないなら……それでいい。無理に現実をつきつける必要もないからな。今が幸せならしばらくは放っておいてやるさ。しばらくはな」

********************************************

窓から日の光が差し込む。

眠っていた僕にとっては、それが堪らなく不快で嫌々起き上がる。

外から聞こえてくるのは賑やかな雑踏の音。人と人が談笑する声。活気ある街の雰囲気。

僕はその音をBGMに「ふあーぁ」と大きなあくびと伸びをすると、窓から入ってくる光の角度で現在の時刻を測る。

 

だいたい昼の12時といったところか。

 

昨日は黒竜討伐の報奨金と黒竜そのものを売り払った金で、夜遅くまで遊んで寝るのが遅かった。

だからか、太陽が真上に昇るまでみっちり眠ったというのに、僕の体はまだ眠りたがっている。

このまま二度寝してしまってもいいか。いや、いいわけがない。

そんなことをしてしまったら、今日という1日が終わってしまう。

毎日が新鮮な刺激の連続である僕にとって、それはあまりにももったいないことである。

そう思った僕は、無理やりベッドから立ち上がると、両手を高くあげ背中を真っすぐに伸ばした。

「起きたか」

いつのまにか目の前に浮かんでいた青白いボヤ、ソルが言う。

「うん、起きたよ、ソル。おはよう」

挨拶もほどほどに、僕は着替えを始める。

昨日手に入れた金は、新しい住居を買っても、高級料理を腹いっぱい食べても、それでも余るほどの大金である。

世間一般からすれば恥ずかしい(らしい)技名を叫ぶだけでこれだけの大金が手に入るのだから、この世界はイージーで仕方がない。

着替えながら僕は、残っている大金で今日はどんな遊びをしようか考える。

最近ギルドの近くに出来たという異国の料理屋に行ってもいいし、どこからかやってきている有名なコーディネーターに金を払って全身をかっこよくキメてもらってもいい。モンスター同士を戦わせる闘技場を特等席で観戦してもいいし、流行りの魔法ショップにいって新しい魔道具を買うのも面白いかもしれない。

金があるというのは、どうしてこうも人の精神を豊かにさせるのだろう。

僕は今自分が出来ることを端から端まで想像するとニンマリした。

「そういえば」

表情が緩み切った僕の背後で、ソルが言う。

「今朝、鎧を着た紫髪で短髪の女がきたぞ。お前に用があるって話だったが……まだ寝ているといったら何だか腹を立てた様子で帰っていった」

それを聞いて、僕は現実に引き戻される感覚を覚える。

気分がいいときに限って、ソイツのことは思い出したくない。

「なんだ、知り合いか?」

「……知り合いって程でもないよ。ただの腐れ縁ってだけだよ」

「ふーん、腐れ縁ね。あの鎧は確か、城で配給されてるやつだろ? お前に城で働く友人がいるとは意外だな」

「だから友人じゃないって。あいつが関わると碌なことが起きないから、むしろ嫌いだ」

「へぇ、そうなのか? 顔だけ見れば結構お前好みの顔だと思ったんだがな」

「顔がよけりゃいいってもんじゃないよ。人間大事なのは性格だよ、性格」

言いながら着替えを終えた僕は、次に玄関に置いてあるブーツを履く。

腹が空いているから、まずは昼飯か。この好天気なら出店も多く出ていることだろう。

なんとなく肉が食いたいなどと思いながら、僕は家のドアを大きくあける。

初っ端にソルから軽いジャブを食らったが、まだ僕の一日は始まったばかりだ。

こうして今日も、素晴らしすぎる僕の毎日が始まるのである。

********************************************

僕が住む街「リリティア」は世界有数の貿易国家である。

海に面しているこの街には大きな港があり、そこには連日いたる国からの物資が届く。

どこの国に輸出するにしても「リリティア」はその中心に位置することから、世界の中心とさえ揶揄されている。

だからだろう。

この街は、朝でも昼でも夜でも、常に大勢の人で賑わっている。

その音は、家にいても聞こえてくる程に騒がしい音である。

人によっては、それは堪らなく不快なことだろう。

だが僕にとっては、その騒がしさが好きで好きで堪らない。

街が生む大きな雑音のそれぞれが、どれだけ僕の毎日を綺麗に彩ってくれるのかと思うとワクワクしてくる。

僕は晴天の元、予想通り出店が並んでいた街道を歩きながら、何を食べようか出品されている物を見ながら、徘徊する。

「それにしても大層な街だな」

どこを見て言っているのかわからないが、後ろにいるソルが言う。

僕は、風上から微かに匂う潮の香りを鼻腔に取り入れながら言った。

「いい街でしょ」

「いい街……なのかどうかは俺にはわからんが。少なくとも、俺みたいのが外を堂々と歩いていても驚かれないってのは新鮮だな」

確かに、人語を話す青白いボヤは場所によっては珍しい、のだと思う。

所によってはその希少性から、人さらい……いや、ボヤさらいにあってもおかしくはない。

だが、ここは世界の中心「リリティア」である。

すれ違う人々をよく見れば、頭に猫耳が生えているやつ、手が何本もあるやつ、身体がドロドロしているやつ……と、実に様々な生命体がいる。

その中では『声を発するボヤ』なんて、特に珍しくもない。

そんなことで一々驚いていたら、この街に住むことは不可能だ。

「そういえば」

ふと、僕は気になったことを聞く。

「ソルは前はどこに住んでたの?」

「俺が前住んでたところか。なんていうか……地名とかはない場所だな。特徴で言えば、静かで誰もいない閑静なところで、夜でも明るい場所なんだが……」

「地名がなくて、誰もいない閑静なところで、夜でも明るい場所かぁ」

僕は、今まで冒険したことのある場所を順々に思い浮かべる。

しかし、そもそも僕が冒険した場所に地名がついていない場所なんて存在しない。

「そこは僕みたいな人間もいける場所?」

「んー、まぁいけるんじゃないか? お前みたいな人間を見たことはないが、特に異種族の進入を禁止するような結界はないだろうしな」

「へぇー、そうなんだ」

まだ僕の知らない世界がある。

そう考えるだけで、まだまだお楽しみはどこかに眠っていると感じる。

気が向いたら、ソルの故郷にでも冒険にいってみてもいいかもしれない。

そう考えていたとき、行き交う人々の中から明らかに僕に的を絞った声が聞こえた。

「突然話しかけてしまってすまない。もしや、君が昨日黒竜を倒した冒険者か?」

それは、聞いたことのない男の声。

僕は後ろで歩いてくるやつの邪魔にならないように気持ち歩道から逸らしてから立ち止まり、声がした方を確認する。

そこには長身で鎧をきた、若めの男が立っていた。

「……誰?」

鎧には、城で配給されている印がついている。

つまり、目の前に立つこの男は、城の者ということだ。

城の兵士になんて知り合いは、ある1人を除いていない。

なんだか仰々しい雰囲気に、僕は面倒なことになりそうな気配を敏感に感じ取った。

「あー、いや、そうだな。すまない。まずは自己紹介をせねばならんな。私はセリオウス。見ての通り城の一般兵だ」

「……はぁ」

城の一般兵が、僕に何の用事があるというのだろうか。

一層警戒の色を濃くする。

「いや、そうだな、急に話しかけてすまない。そう疑心暗鬼の目を向けないでくれ。何も君を捕えようというわけではないのだ」

「……だったら、なんの用?」

「そうだな、うむ、確かに君に用があって話しかけたのだが……本当に君があの黒竜を倒したのか? クゥから聞いた通り見た目はあまり強そうに見えないな。黒竜は君一人で倒したのか?」

クゥ。

聞き覚えのある人名に、僕は幾分かムスッとする。

「そうだけど」

「あー、すまない。別に侮辱したわけではないのだ。気を悪くしたのなら謝る。許してくれ」

「別に気にしてないけど。用って何?」

「そうだな、本題に戻らせてもらおう。今朝、クゥが君の家を訪ねたらしいのだが生憎会えなかったということだったが、間違いないか?」

「まぁ、寝てたからね」

 

 

※現在7:30

スポンサーリンク

の最新記事8件